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万物の創造主である唯一の神の名において

よくある質問-- アフガニスタン バザールにて

お店にいらっしゃるお客様方や友人等、身近な人達でアフガニスタンに興味のある人達と話をしていると第一に話題になるのがイスラムとそれを信奉しているムスリムの人達についてです

それは時にこの宗教を賞賛する人もいますし、また非難する人達もいます。特に例の世界を恐怖に陥れた世界貿易センタービルへのテロ攻撃による“9月11日”の大惨事以降この話題が熱を帯びてきました

この大惨事によってイスラムやムスリムに関する悪意の宣伝やそれによってもたらされる暴力や嫌がらせが世界中に頻発しました。この様な残念な出来事についてしっかり考察する必要があります

日本においてオウム真理教による地下鉄サリン事件が起き、米国においてもクリントン政権下においてデービッド教団事件において多くの人々が犠牲になった事が記憶に新しいですし、日本をはじめ他の先進諸国で多発する集団自殺やパキスタンやインドに起きている不意打ちによる人々の殺し合い等いずれも何らかの宗教に関連していると考えられます。そして何よりも最低最悪に加えて最も醜態を見せた例がイスラムの衣の下に隠れて恐怖政治を敷いたタリバンです 

世界貿易センタービル崩落後全てのイスラムに関する話題はタリバンに由来していると言っても過言では無くこれは本当のムスリムにとって最も悲しむべき事であり、このタリバンの所業はムスリムの行為というよりイスラムを辱める行為でありイスラムを破壊して下さいと頼んでいる様な、正にイスラムの大敵がする行為であると言えましょう

科学の立場から見れば理屈に合わない事に思えても人間は元々宗教を求め続けてきたのであり、心の安らぎを宗教に求めています。人間はお金や財産によって幸せになる訳ではありません。どんなにお金が沢山あっても心が貧しく今の自分に満足できず挙句の果てに自殺に走る有名人さえいます

 
その為、宗教心が希薄な人々が多く住む先進諸国ではお金があっても精神的安らぎが少ない為、人々は一時的だとしてもそれを満足させるものを求めており、新たな宗教がここに生まれる余地を与えているのです。しかし宗教を本当に求めるならば本当に満足できるのは何かと納得がいくまで探すべきではないでしょうか。

アッラーはコーランの“雌牛章256”において“宗教には強制があってはならない。まさに正しい道は迷誤から明らかに分別されている。それで邪神を退けてアッラーを信仰する者は、決して壊れることのない、堅固な取っ手を握ったものである。アッラーは全聴にして全知であられる。”とおっしゃっております

左から、ワッハーブ派、カザフ人、マレー人、ハザラ族、イラン人

私は常日頃アフガニスタン好きの人や友人達にイスラム世界は数々の人種によって構成されていると説明しています。そして個々の人種それぞれが独自の文化を持ちそれを尊重しているのです。このこだわりはイスラム諸国以外にも見受けられますが、イスラム諸国ではより一層顕著になります

例えば日本には有名な“着物”があり、それが男女共大変大切に扱われています

また、アラブ世界には女性は顔を覆う“顔帯”というものがあり、これは大変古い歴史をもっています。イランとアフガニスタンには白もしくは黒の“チャドル”という頭を覆うものが普及しておりますしアフガニスタンのパシュトゥン族の女性は頭をすっぽりと覆い、目の部分がメッシュ状になっている“ブルカ”というものを着用します

また同じパシュトゥン族とはいっても遊牧生活を営む人々においては黒いチャドルが一般的になっていますし、ウズベク人やトルクメン人の女性達においては赤いコナルというチャドル状の被り物が一般的です
 

一方男性で言えばアラブ人の間では布を頭に被り、長丈の服に髭を生やしたりはやさなかったりというスタイルが一般的で、パキスタンとアフガニスタンではターバンを巻き、人によっては長い髭にし、また人によっては短い髭を蓄えるというスタイルが見受けられます。インドネシアやマレーシアでは男性は殆ど帽子を被っており女性は白もしくはカラフルなチャドルをヒジャーブとして身につけています。トルコ、トルクメニスタン、ウズベキスタンの女性達は時に帽子を、時に長いマントをはおり、男性達はターバンを巻くか帽子を被るのが大変好まれています。長くなりましたが、いずれにしてもそれらが全て社会の習慣や文化に基づいているのです。つまりイスラムは服装に関して画一的なものを強制していないのであって、例えばアラブ女性の服装をアフガニスタン女性に強制していませんし、またパシュトゥン女性のブルカを他のアフガニスタンの部族の女性に強いている訳ではありません

なぜなら様々な民族には様々な習慣があって、イスラムというのは個々の地域に根ざした文化や習慣を尊重している事も多いのです。ただしヒジャーブについては色や形にこだわりませんが大変厳しく注意をしています。なぜならばヒジャーブは女性の身を守る為にあるからです。しかしながら色やデザインは個々の好みによって差が生じ、また帽子やターバンも個々の好みが反映されるものなのです

イスラムではヒジャーブの形にこだわっているのでは無くもっと他の社会問題に注目しており、なにより人種差別や差別的な行動に対し厳しく臨んでいます。その様な考え方や行動をする人がムスリムの中に存在するならば、その人はイスラムに対する理解が成されていない未熟者であり、本来ムスリムと見なすべきではないのですがこの点が現在のイスラム世界の大問題の発端になってしまっているのです

ムスリムをある一部の民族の習慣やパシュトゥン族女性のブルカ、もしくはアラブ人男性の被り物で理解してしまうというのは大変狭い見方です。例えばオウム真理教の麻原の事件を見て日本人を判断してしまうことを考えればこれは明白にご理解戴けると思います。一を見て判断する前にもっと色々な角度から観察し、判断出来る様にする事が理想的ではないでしょうか 

一口にイスラム諸国と言ってもそれぞれイスラムの教えの捉え方が少しずつ違っているにも関わらず、イスラムを知らない人々がビンラディンやタリバンを通じてのみイスラムを理解しようとしている風潮があります。しかし、実際ビンラディンやタリバンの行動は決してイスラムの教えに忠実と言う訳ではありませんので、この様な人々の勝手な行動を通してイスラムを非難するのは不公平ではないでしょうか 

アフガニスタンで苦しんでいる民はタリバン政権下において抑圧され拷問を受け家を失い、国の文化は瀕死の状態になり、経済は極度に疲弊してしまいました

私達は米国の9月11日の事件よりももっと前から世界に助けを求めていたにも関わらず人権活動家を含む世界の人々は耳を貸そうとはしませんでした

どうしてあの時手を差し伸べてくれなかったのでしょうか。当時既にビンラディンもタリバンも存在していたにも関わらずなぜ手を打たなかったのでしょうか。 

イスラムは平和を愛し、人の道を説く宗教です。人々の幸せや平和を守る為に預言者である聖モハンマドを通してこの宗教をもたらした神が罪の無い人々を死に追いやる事を許すと思いますか。決してその様な事はあり得ません。イスラム世界ではどの様な宗教を信奉する人々も平和に暮らす権利を持っています。しかし人間自体が未熟な為、イスラム諸国において宗教の違いに由来する争いが絶えない事も事実です。もしイスラムの教えの理解がしっかりしていたならばこの様な争いはイスラム諸国に限らず非イスラム諸国においても発生していなっかたでしょう。      タリバンやオサマビンラディンの様な人々がアフガニスタン革命直後に何の目的でどこから来てどの様にアフガニスタンに浸透していったのか、そしてそれに誰の支持を受けていたのかを探る事が重要です。それによって本当の黒幕が見えてくるのです 

繰り返しますがイスラムは神の啓示によってもたらされた平和を愛する宗教であって、タリバンやビンラディンに代表されるカルト教団の独断的行動は実際のイスラムの教えには基づいておりません。イスラムやアフガニスタンに興味のある方々にお伝えしたいのは、タリバンやビンラディンの行動がイスラムの本質なのではなく、経典である“聖コーラン”にこそ真のイスラムの教えがあるということです

 

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最終更新日 : 2017/09/01 .